子供からのメッセージ(イラついてもいいんだよ)
昨晩、妻が子供になにやら叱っていた。
子供の感じからすると全く悪気がないのがよくわかる、、、
子供が叱られるのを聞いていると、子供の時の自分が叱られているような気持ちになる。
自分は子供の時、叱られたとしても、なんで叱られなくてはいけないんだろう?と思うことは多々あった。
親から見たら迷惑でも、子供から見たら好奇心をくすぐる遊びであったりするし、不可抗力で行ってしまった行為の場合もある。
子供の時、居間でおならをしたら「トイレでしなさい!」と叱られた。
そしてまたおならをしてしまうと、「トイレでしなさいと言っているだろう!」と叱られる、、、
実は、わざとやっていたのではないんだ。
気づくと出てしまっただけなのだ、、、
出したら嫌がられるのはわかっていたので、事前にわかればトイレや外に行けたんだ。
でも、そんな制御はその時点で出来なかったんだ、、、
「大人はおならをする時にトイレまで我慢したりできるの?」
そんなことを素朴に感じたものだ。
叱られる理由があったとしても、悪気があってやっているわけではないことが殆どだったんだ。
それは今のうちの子供にも当てはまるだろう。それは強く感じている。
子供は自分の分身だ。
だから、叱られているのを聞くのは「ちょっとかわいそうだな、、、」とは思ったものの、でも、これはこれで良いことなんだろうな。
妻も最近働き始めて心労がたまっているのだろう、イライラしやすくなっているようだ。
ま、それは自分が稼がないのがそもそもの発端だとは思うが^^;
家族のためと始めた仕事で心労がたまり、ストレスから子供にいらつきやすくなるとしたら、、それは素晴らしい学びの機会だと思う。
となりから叱っている声が聞える時、自分は心に念じた。
『このことが子供にとり、妻にとっても素晴らしいことでありますように』
そしてそれは起こった!(心は常に反映するのだ)
子供が妻に手紙を書いて手渡していたのだ。

自分が隣の部屋に行った時には、それを読んだ妻が子供を抱きしめていた。
偶然だろう?と思うかもしれない。
でも、目の前の世界を変えるというのはこんな感じで引き起こすことができるんだ。
(今では日常的だが、昔は自分でもそんなのは信じられなかった、、、)
子供たちの書いた手紙を掲載する。


字がかけない真悟の分も連名でしっかりと記載しているところが素晴らしい!
普段よく子供同士で喧嘩はしているが、こんなところからも、思いやる気持ちがしっかりと感じられる。
ちなみにこの前、真悟がトイレットペーパーを出しまくってロールがめちゃくちゃになって妻に叱られていた。
「なにやってんの!」と言ったらビクッとしていたと言う。
「ほんと、悪いことするんだから~。ビクッとしていたからわかってやっていたのよ」
実はこれはそうではないんだ。
ビクッとしたのは、自分でマズイことをやってしまったと気づいていたからなんだ。
気付かれずに何とか切り抜けられないか頑張っている所を発見されてビクッとしたんだ。
では真悟はなぜトイレットペーパーを必要以上に出しまくったのだろうか?
自分は真悟がうんちをする時にトイレに見に行ってみた。
「真くん、自分で拭けるよ~」
と言ってトイレットペーパーをカラカラとひき出した、そしてさらにグイッと強く引っ張った。
途中でちぎりたいようだ。
上手くちぎれないため、更にグイッと引っ張る、、、どんどんとロールから紙が出てくる、、、。
「これは左手で押さえながら引っ張らないと切れないよ」と教えてやってみせた。
が、真悟は座っていると左手がロールに届かなかったのだ!

しかも、大きな便座で中に落っこちないように左手は便座をしっかりと握っている。
横で真悟は大量に出てしまったロールを一生懸命もとに戻そうと頑張っている、、、
妻が目撃したのはこの『大量に出てしまったロールを一生懸命もとに戻そうと頑張っている』状況だったのだと思う。
目の前の現象だけを見ていると、良いとか悪いとか、好きだとか嫌いだとか、偏った見方になりがちだ。
余裕がなくなれば視野は狭くなる。
でも、それもまた良し!
視野が狭くなっていることに気づくには、いろいろな体験が必要だからね^^
妻は子供から手紙をもらい、ハッとしたのではないかな。
叱りつけた自分に返ってきたのがあの手紙だったのだから!
子供たちからの愛を感じ、自分自身もどれだけ子供を愛しているかを再確認できただろう。
自分が子供に伝えているのは『皆で幸せになろうね』これだけ。
皆というのは家族に限定したりはしていない。みんなね。
服を汚すなとか宿題やれとか、、、そんなのはどうでもいいや。
自分の気持が子供に伝わってるのが手紙からも良く分かる。
そういう体験をさせてくれた今回の一件、、、やっぱり素晴らしいね!
『イラついても良いんだよ』
イラついてもいいんだよ
イラつきを無視するのではなく、真正面から感じてごらん?
そのイライラはどこから来るのかな?
イラつく原因は外にあると思っているだろう?
本当に外にあるのかな?
真正面から感じてごらん
そしてそれを辿るんだ
イラつきがどこから現れたのかを知る時
イラつきは感謝に変わるだろう
子供の感じからすると全く悪気がないのがよくわかる、、、
子供が叱られるのを聞いていると、子供の時の自分が叱られているような気持ちになる。
自分は子供の時、叱られたとしても、なんで叱られなくてはいけないんだろう?と思うことは多々あった。
親から見たら迷惑でも、子供から見たら好奇心をくすぐる遊びであったりするし、不可抗力で行ってしまった行為の場合もある。
子供の時、居間でおならをしたら「トイレでしなさい!」と叱られた。
そしてまたおならをしてしまうと、「トイレでしなさいと言っているだろう!」と叱られる、、、
実は、わざとやっていたのではないんだ。
気づくと出てしまっただけなのだ、、、
出したら嫌がられるのはわかっていたので、事前にわかればトイレや外に行けたんだ。
でも、そんな制御はその時点で出来なかったんだ、、、
「大人はおならをする時にトイレまで我慢したりできるの?」
そんなことを素朴に感じたものだ。
叱られる理由があったとしても、悪気があってやっているわけではないことが殆どだったんだ。
それは今のうちの子供にも当てはまるだろう。それは強く感じている。
子供は自分の分身だ。
だから、叱られているのを聞くのは「ちょっとかわいそうだな、、、」とは思ったものの、でも、これはこれで良いことなんだろうな。
妻も最近働き始めて心労がたまっているのだろう、イライラしやすくなっているようだ。
ま、それは自分が稼がないのがそもそもの発端だとは思うが^^;
家族のためと始めた仕事で心労がたまり、ストレスから子供にいらつきやすくなるとしたら、、それは素晴らしい学びの機会だと思う。
となりから叱っている声が聞える時、自分は心に念じた。
『このことが子供にとり、妻にとっても素晴らしいことでありますように』
そしてそれは起こった!(心は常に反映するのだ)
子供が妻に手紙を書いて手渡していたのだ。

自分が隣の部屋に行った時には、それを読んだ妻が子供を抱きしめていた。
偶然だろう?と思うかもしれない。
でも、目の前の世界を変えるというのはこんな感じで引き起こすことができるんだ。
(今では日常的だが、昔は自分でもそんなのは信じられなかった、、、)
子供たちの書いた手紙を掲載する。


字がかけない真悟の分も連名でしっかりと記載しているところが素晴らしい!
普段よく子供同士で喧嘩はしているが、こんなところからも、思いやる気持ちがしっかりと感じられる。
ちなみにこの前、真悟がトイレットペーパーを出しまくってロールがめちゃくちゃになって妻に叱られていた。
「なにやってんの!」と言ったらビクッとしていたと言う。
「ほんと、悪いことするんだから~。ビクッとしていたからわかってやっていたのよ」
実はこれはそうではないんだ。
ビクッとしたのは、自分でマズイことをやってしまったと気づいていたからなんだ。
気付かれずに何とか切り抜けられないか頑張っている所を発見されてビクッとしたんだ。
では真悟はなぜトイレットペーパーを必要以上に出しまくったのだろうか?
自分は真悟がうんちをする時にトイレに見に行ってみた。
「真くん、自分で拭けるよ~」
と言ってトイレットペーパーをカラカラとひき出した、そしてさらにグイッと強く引っ張った。
途中でちぎりたいようだ。
上手くちぎれないため、更にグイッと引っ張る、、、どんどんとロールから紙が出てくる、、、。
「これは左手で押さえながら引っ張らないと切れないよ」と教えてやってみせた。
が、真悟は座っていると左手がロールに届かなかったのだ!

しかも、大きな便座で中に落っこちないように左手は便座をしっかりと握っている。
横で真悟は大量に出てしまったロールを一生懸命もとに戻そうと頑張っている、、、
妻が目撃したのはこの『大量に出てしまったロールを一生懸命もとに戻そうと頑張っている』状況だったのだと思う。
目の前の現象だけを見ていると、良いとか悪いとか、好きだとか嫌いだとか、偏った見方になりがちだ。
余裕がなくなれば視野は狭くなる。
でも、それもまた良し!
視野が狭くなっていることに気づくには、いろいろな体験が必要だからね^^
妻は子供から手紙をもらい、ハッとしたのではないかな。
叱りつけた自分に返ってきたのがあの手紙だったのだから!
子供たちからの愛を感じ、自分自身もどれだけ子供を愛しているかを再確認できただろう。
自分が子供に伝えているのは『皆で幸せになろうね』これだけ。
皆というのは家族に限定したりはしていない。みんなね。
服を汚すなとか宿題やれとか、、、そんなのはどうでもいいや。
自分の気持が子供に伝わってるのが手紙からも良く分かる。
そういう体験をさせてくれた今回の一件、、、やっぱり素晴らしいね!
『イラついても良いんだよ』
イラついてもいいんだよ
イラつきを無視するのではなく、真正面から感じてごらん?
そのイライラはどこから来るのかな?
イラつく原因は外にあると思っているだろう?
本当に外にあるのかな?
真正面から感じてごらん
そしてそれを辿るんだ
イラつきがどこから現れたのかを知る時
イラつきは感謝に変わるだろう
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