ビヨンドモデル第一号
今日は五風十雨農場のありがとう祭りの準備で白州に行っていた。
しかし、その間に私の野菜が自然食品店の有機村に出荷された。

そう、自分でやらなくても収穫され、小口でも出荷されるというビヨンドモデルを実践したのだ。
明日はまだビヨンドの野菜は残っていると思うので、欲しい人は有機村へ!
実践者は研修生のI君。
本日は休暇という事で、昨晩甲府の実家に帰ったのだ。
私が子供の面倒を家で見ている間に畑で収穫してくれ、その後に袋詰。
ヤス「このちりめん高菜、一袋いくら位だと思う?収穫して、袋に詰めてさ、どれくらいが妥当だと思う?」
I君「350円くらいっすかね?」
ヤス「ま、自分だったら450円くらいかなぁ。でも、その値段で出したら有機村の店長困ると思うよ。」
ヤス「千景(妻)はいくら位だと思う?」
千景「240円くらい?」
ヤス「直売所だったらこの二倍でも90円くらいかもね。どう思う?I君。」
I君「とても生活できないっすね、、、、」
という事で、300円で出すことにしたのだが、収獲、袋詰まで自分で経験したI君は野菜を収穫してもかなり低い値段相場であると気がついたようだ。
そこで違う角度で聞いて話を切り出した。
ヤス「今日収穫した野菜、明日有機村に持って行って貰うけどさ、小松菜と高菜は一袋ずつ上げるよ。おみやげにして。これ、買ったら合わせて540円もするよ。」
I君「えっ、そんなにするんすか?!」
ちょっと面白いのだが、先程は一袋でも350円は欲しいと言っていたのに、二袋540円で高い!と感じたようだ。
作り手の視点、買い手の視点、2つを同時に持ち、その2つの視点にギャップが有るようだ。
だからこそ、自然農園ビヨンドは体験型農園なのだ。
自分で育てて、収獲、出荷してみれば、いくらぐらいが妥当かは感じることが出来る。
そして、それは自分自身の買い手としての視点とはギャップが有ることに気づく。そこで初めて作り手と買い手の相互理解が深まる。
こんな流れになると面白いな^^
ちりめん高菜

花を咲かせている小松菜

小松菜の葉っぱをかきとって出荷

しかし、その間に私の野菜が自然食品店の有機村に出荷された。

そう、自分でやらなくても収穫され、小口でも出荷されるというビヨンドモデルを実践したのだ。
明日はまだビヨンドの野菜は残っていると思うので、欲しい人は有機村へ!
実践者は研修生のI君。
本日は休暇という事で、昨晩甲府の実家に帰ったのだ。
私が子供の面倒を家で見ている間に畑で収穫してくれ、その後に袋詰。
ヤス「このちりめん高菜、一袋いくら位だと思う?収穫して、袋に詰めてさ、どれくらいが妥当だと思う?」
I君「350円くらいっすかね?」
ヤス「ま、自分だったら450円くらいかなぁ。でも、その値段で出したら有機村の店長困ると思うよ。」
ヤス「千景(妻)はいくら位だと思う?」
千景「240円くらい?」
ヤス「直売所だったらこの二倍でも90円くらいかもね。どう思う?I君。」
I君「とても生活できないっすね、、、、」
という事で、300円で出すことにしたのだが、収獲、袋詰まで自分で経験したI君は野菜を収穫してもかなり低い値段相場であると気がついたようだ。
そこで違う角度で聞いて話を切り出した。
ヤス「今日収穫した野菜、明日有機村に持って行って貰うけどさ、小松菜と高菜は一袋ずつ上げるよ。おみやげにして。これ、買ったら合わせて540円もするよ。」
I君「えっ、そんなにするんすか?!」
ちょっと面白いのだが、先程は一袋でも350円は欲しいと言っていたのに、二袋540円で高い!と感じたようだ。
作り手の視点、買い手の視点、2つを同時に持ち、その2つの視点にギャップが有るようだ。
だからこそ、自然農園ビヨンドは体験型農園なのだ。
自分で育てて、収獲、出荷してみれば、いくらぐらいが妥当かは感じることが出来る。
そして、それは自分自身の買い手としての視点とはギャップが有ることに気づく。そこで初めて作り手と買い手の相互理解が深まる。
こんな流れになると面白いな^^
ちりめん高菜

花を咲かせている小松菜

小松菜の葉っぱをかきとって出荷

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