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大雪がくれた贈り物(絆と繋がり)

山梨は今、歴史的な大雪。
一日で140cmとか雪が積もり、これは山形や札幌も上回る記録らしい、、、、

普段はそれほど積もらない地域なので、除雪車なども少ないし、雪の重みに耐える屋根にもなっていない。
そのために被害が結構出ているようだ。

車中泊となり、お家に帰れない人、電車に閉じ込められている人、家から外に出られない人、、

自分には幸い、潰れていない家がある。更に、研修生用や寺子屋風に使おうと思っている家がある。
空き家だったお家で、整備的にはイマイチなのだが、雨や風はしのげるので、困っている人がいるのなら自由に使って欲しいなと思い、facebookに投稿した。

自分は自由業みたいなもので時間の制約はないので、『困っている人がいたら雪かきしますよ』とも書いておいた。
そうしたら早速幾つかのご依頼が^^

また、雪崩などの危険から自宅を離れた人や、家に帰れない人のための避難所というのが用意されているらしいが、それは逆に閉鎖されるらしい、まだ帰宅難民はいるらしいのだが、、、、

そんな背景もあってか、自分の何気ない投稿が多くの方にシェアされ、その中には驚くことに県外の方も多かった!

凄いなぁ、facebook!

自分の中では何気ない投稿なのだが、多くの方から感謝や応援のメッセージを頂いた、、、

『他人』という概念が薄い自分にとっては、『空いている資源は共に使ったらいいじゃない』、『自分は手が空いているから手伝うよ』というのは別に全然凄いことではないと思っている。

家族や親戚、親友だったら絶対そうするはずだ。
自分はそのような『繋がり』というのを家族や親戚、親友に限定せず、『皆で繋がろうよ』という提案をしているのだが、応援のメッセージや感謝の言葉を読みながら、「多くの人も繋がりたいという気持ちは同じなんだな、、」と胸が熱くなった。

今日は、依頼された白州町の養鶏場に雪かき支援に向かったのだが、何と!途中の道が雪崩で通行止めになり、行くことができなくなった、、、

日中は気温が高いので、溶けて滑りやすくなっているようだ。
ということで家に引き返し、雪で狭くなっていた駐車場の除雪をすることに。
2014-02-18 16.31.03

更に、翌日には圧接もされていない雪深い所の一軒家に、一匹残された猫ちゃんの安否確認及び餌やりを依頼してもらっていたので、カンジキを自作することにした。

ちなみに、この猫ちゃん救出には子供を連れていけないので、子守を友達に打診したところ、快く承諾してくれた。
持つべきものは友!

コメリの須玉店が何故か開店しなかったので、家にあるありあわせのもので作ることにした。

家にあったPPテープの強度を増すため、娘に三つ編みを依頼
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こんなんでどうかな?
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早速、裏庭で試し。
おお!全然沈まないし、全然滑らない!
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これが足あとね
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足で歩いたら腿くらいまですぐに埋まる場所なのに。

子供たちに、接地面積が広いと沈まないんだよと教えると、早速実践!
匍匐前進だ^^
2014-02-18 14.02.02

子供たちいわく、「泳いでいるんだよ~。こうすると沈まないよ^^」

そう、接地面積を稼ぐのは沈まないためには重要だ。それを体感したようだ。
自分も、かまくら作りの時など、ズボッと足がハマり、更にそれを支えようとした手も埋まり、動きにくくなる経験もした。
その後、ズボッとハマった瞬間に手をつくのではなく、しゃがんで腿の裏やおしりをつけるようにしたらそれほど埋もれなくなった。考えて見れば当たり前だったが、普段の路面上でコケるときの癖で手が先に出ていたんだなぁ。

準備も整い、明日はサクッと猫ちゃん救出だな^^などと思っていたら電話が。
スノーシューを手に入れた他の友達が救出に向かう事になり、そして無事任務完了したとの報告だった。

あれま!依頼された今日の手伝いも、明日の手伝いも、、、自分は結局なんの助けにもなっていないよ~

ということで、更に他の依頼を受け、19日は小淵沢の方に家から出られない方を救出に行く予定。
二人の子連れなので、動きにくいところもあると知った方が、ありがたいことに子守の申し出をしてくれた、、、

うーむ、、、こういう連携が広がれば、かなり不安の少ない世界になっていくのではないかなぁ。

自分は人と話すのが好きだし、雪遊びが好き。
友達とスキーに行くような感覚で手伝いに行くのだけど、それが感謝されることになり、更にそのような行動を見たり聞いたりした人が「いいなぁ」と言ってくれる、、、

このような経験は本来、日常であっていいと思うのだが、分業が進み、マニュアル化した現代では普段は経験しにくいのだろうな。

それがこの大雪では多くの人が経験出来ていると思う。

国や市の対応などを非難するのは簡単。それより、自分が何を思い、何を行動に移すかのほうがずっと重要だと思う。
そのほうが断然面白いし、役にも立つんじゃないかな。

公共の避難所なんてなくても、被災している人々の近くの人が一部屋ずつ貸したとしたら十分に足りるだろう。

片付いていないとか、人様にお貸しするような部屋ではないとか、そんなのは気にする必要はないんじゃないかな。
自分が困っている本人だったら、「そんなのはどうでもいいから、台所でもトイレでもいいから泊めてくれない?」と思うだろうな。

なんたって外は夜とかものすごく寒いのだから、、、
雨と風邪がしのげるだけで相当ありがたいと思うな。

真冬の車中泊で体が冷えきり、もう死ぬかという時に、家に入れてもらい、暖を取らせてもらったとしたら、、、
その人はそのありがたみを、今度は自分が他の人に与えてあげたいと思うだろう。

その連鎖がペイ・フォワードとか恩送りと呼ばれるものとなる。

これは頭で考えるよりも体感するのが一番!
人からのぬくもりをしみじみと感じた人は、『自然と』他の人にもそのぬくもりを与えたくなるんだ。

「自分も与えなきゃな」なんていう弱いものではなく、思わず体が動くんだ。

この大雪は、そのような貴重な体験ができる機会を多くの人にくれている。

自分がこの場にいれることに感謝!
 



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ジャンル : 心と身体

自然に則して(繋がりの重要さ)

人間はかなり力をつけてきた。

飛行機で空を飛び、車や電車で遠くまで簡単に移動できる。

肥料や農薬、トラクター、ビニールハウスで食料生産も思いのまま?

スーパーやコンビニに行けば簡単に食料は手に入る。

蛇口をひねれば、水は出て、カチャリとやれば火も簡単につく。
スイッチひとつで明かりも点灯、エアコンつければ温度調整もバッチリ!

盤石のように見えても、これらには前提がある。

供給や運搬などの基板がしっかりと機能していれば、、という前提が。

そして、この基板は通常しっかりしているように感じられる。
あまりにしっかりと感じられるので、多くの人はそれに疑問は感じない。

なんで、そんな面倒臭いことして野菜を作るの?
「そんな暇あったら、その時間で働いて、稼いだ金で何倍もの野菜を買えるじゃない。」

そう、お金で言えばそうだろう。でも、それはお金が本当に食料に変わるという前提が崩れた場合にはどうかな?

山梨は今、歴史的な大雪で被災地となっている。
自衛隊に救助を要請し、その自衛隊さえも入り込めていないなどと言われている。

山梨だけ氷河見たいになっている!(出典;https://pbs.twimg.com/media/Bgk_PG_CYAA0WYI.jpg)
山梨大雪

無理して仕事に出たり、スーパーに買い出しにしたりして、結局は車が動けなくなって車中泊を余儀なくされている人達もいる。
凄いことに、車中泊による凍死者なども出ているのだ!

もし、無理してまで外出する必要がなかったならば、そのような被害は減ってはいなかっただろうか?
路駐に止まって動けなくなった車が少しでも少なかったら、除雪車が通れたので、除雪はもっと進んでいたのではないだろうか?

自分はなんとなく、自然に惹かれ、できるだけ自然に即して生きたいなと思っている。
山梨の冬の寒さを見ると、無理して野菜をつくるのは手がかかるなと思い、ビニールハウスではなく、漬物や味噌などの保存食を作ることを選択した(建てる金がなかっただけ?)。

その保存食が今、役に立っている、、

ビニールハウスを立てていたら、今回の大雪では倒壊回避のために注意したり雪かきをする必要があっただろう、、

トマトの時も思ったが、自然な形態は結構自然災害に強い。自分はトマトは支柱なし、雨よけ無しで自然に育てていたのだ。
ちかくの雨よけ栽培の人は雨よけ設備が強風でふっとばされたり、支柱がグニュりと曲がったりしていて、見ていて気の毒だったが、自分の地這いトマトはまるっきり被害なしだったのだ。

トマトはトマトで、自分が生存していくためにベストな形状をしようとしているのだろう。
自分はトマトの自由にさせてあげただけ。

こんなやり方は、場所は取るし、収穫にかなり手が掛かるので生産農家の方はまず真似をしないだろうな。

話は戻り、今回のような『被害』と呼ばれるものは、多くの人に様々な気づきを与えるだろう。
そして、その気づきから行動に変化が現れる人もいれば、変化しない人もいるだろう。

自分はどちらでもいいと思っている。
タイミングも人それぞれ、感じることも人それぞれ、それがいい。

ただ、『被害』と呼ばれるものは痛みも伴うが、『人との繋がり』の重要性に気づかせてくれることが多い。

北杜市のような田舎だと、最寄りのスーパーまで数キロあるのは普通で、今回のように交通が麻痺したら気軽に行ける距離ではなくなる。
でも、近くに農家さんがいたら?保存食をたくさん持っている人がいたら?

停電でエアコンが動かなかったり、灯油が切れてしまっている人もいるだろう、、
でも、近くに沢山の薪を備蓄し、薪ストーブを持っている人がいたら?

繋がりを感じていない場合、「すみません、ちょっと温まらせて^^。うわ、凄い。保存食あるんだ?ちょっとちょうだいよ」とは言いにくいのでないだろうか?

車中泊を余儀なくされている人の多くは、自分の家は歩くには遠すぎるのだろう。
でも、一番近くの家はそれほど遠くはないかもしれない。
そのお宅に「ちょっと泊めてくれませんか?寒くて、、」と気兼ねなく言えたとしたら、少なくとも凍死はしないだろう。

「金さえあれば、業者がやってくれるよ。必要な物も簡単に手に入るよ」
通常時は当たり前のこういう考えは、災害時に再考を迫られる、、、

災害時には電気や水道、道路などのインフラが崩れることで、「必要な物も簡単に手に入る」という考えに疑問を感じることができるのだが、それでも気づきにくいこともある。

それは『金さえあれば』の部分。
そもそも『お金』というのも実はタダの紙切れで、本当に価値のあるものではない。

それよりも『繋がり』の方がずっと本質的だ。
名前も違い、環境も違い、見た目も違い、考え方も違う、、、
でも、実は皆、根っこでは繋がっているんだ、、

これに気づくのには余程の災害か、「お金なんかより、もっとずーっと大切なモノがあるよ^^」と行動を持って伝える人が多く必要だろうな、、

自分は災害よりも、後者を選択したいな^^



『繋がり』

大きな木が一本生えている

北側の枝と南側の枝が喧嘩している

北側の枝は南側の枝に言った

「邪魔だ!お前のせいで俺に日が当たらないじゃないか!」

北の枝と南の枝の喧嘩はヒートアップし

ついにはお互いの枝を激しくぶつけあいだした

2つの枝から葉っぱがひらひらと落ちていく、、、、

東側の枝は、北と南の枝が喧嘩しているの見て胸が傷んだ

東の枝は泣きながら言った

「ふたりともやめて!北の枝さん、私が少し葉を落とすから!そうしたらもっと日に当たれるでしょう?」
そう言って、自らの葉をハラハラと落とし始めた

西側の枝は、北と南の枝の喧嘩で葉っぱが落ちるだけでなく、東の枝まで葉っぱを落としているのを見てほくそ笑んだ

「おぉ、これで俺の日当たりも良くなるな」

その時、一匹のロバが通りかかり、この木を見て驚いた

「一体何をやっているんだ、この木は?!」








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ジャンル : 心と身体

偉大なる勘違い(喧嘩にならないよ)

ある日のお風呂場での出来事。
妻から聞いた話だ。

長女の支温は長男の真悟がお風呂から先に上がったのに不満を感じ、つい意地悪をした。

真悟の顔拭き用ガーゼをワザと落とし、「真悟のだからいいよね~」などと真悟に言った。
「シンくんの、落とさないで~!」といつものように怒らせようとしたのだろう。

しかしながら、真悟の対応はそうではなかった。

「あっ、落っこちたよ。拾ってあげるね。」と言って支温にニッコリと拾って渡したのだ。

予想外の反応に支温は困惑した。
恥ずかしそうに言った支温の言葉は「ありがとう、、、」

妻が支温に聞いたところ、やはり支温はバツの悪さを感じていたらしい、、、

普段はわりと兄弟で小競り合いをしている。
嫌がらせを受ける側は苛つき、それに対して相手も苛つかせようと対応する。
それによりいつも小競り合いとなっている。

しかし今回は違った。
真悟が勘違いしたのだ!
「ネェネば自分に嫌がらせをしたのではない、ただガーゼを落っことしてしまったのだ」と。
そしてそれは支温の対応も変えることとなった。

片方の受け取り方が変化するだけで、これだけ状況は劇的に変化する。

これはいつも自分が伝えていることなのだが、まさに全てについて今回のようなことが当てはまる。

毎回勘違いするというのは難しいかもしれない、でも、勘違いではなく、ただ受け取り方が異なるだけでこんなにも変わるんだ!ということが実感として持てる経験が増えれば、自然と受け取り方に変化が生まれるだろう。

だって自分が凄く楽になるんだから!
そして周りが争いから笑顔に変わるんだから^^

支温は期せずしてこの事を今回経験することが出来た。
『意地悪』したことで。

意地悪という行為は悪いものと捉えられがちだが、必ずしもそうかな?
今回のように人に気づきをもたらす行為でもあるんだ。

特に意地悪をした本人に、、、

一晩経った今朝、支温と真悟は仲良くお医者さんごっこをやっている。
小さい経験の積み重ねが彼らを作っていく。

それを見る親も色々と学ばせてもらっている。
いつもありがとう!





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コミュニケーション(技術なんかではないよ♪)

以前お会いし、農園を開きたいが不安があるという方から連絡があった。
そしてビヨンドのやり方が家族愛に根ざし、そしてそれに支えられているのが羨ましいとのお言葉。

また、『何かを信じ抜かせるコミュニケーションの技術がある気がします。秘訣があれば教えて頂きたいぐらいですね。』と言って頂いた。
自分を知る人なら私の答えは予測できるだろう。

「秘訣なんて何もない」んだよね。

技術とか、能力とかそんなのでは無いんだ。
ただ心のままに話せばいいだけ♪

自分の好きな事なら何時間も喋れるよね?
それを喋ればいいんじゃないかな。

人は考えて物事を話そうとする。
だから響かないんだ。
「人に悪く思われないように、、」「そつなくこなすにはなんて言うべきだろう?」
良く言えば『大人の気遣い』というものなのだろう。

相手に不快感を与えたくない、気に入ってもらいたい、、、
そういう気持ちに則った愛の行動だ。それ自体は素晴らしいことだと思う。

しかしながら、それにより自分の心を制限したりしていたとしたら、ちょっと寂しいね。

自分は以前、”気づいた”ことがある。
そしてその気付きに対し、疑問や疑念を抱いたこともある。
その後の数年は確証を得るために、自分の人生を用いて実験ばかりしていた。

反証は一度も得られなかった。
支持する出来事は数え切れないほど目の前で起こり、ついには『信念』、『信仰』とも呼ばれるようなものが芽生えた。

逆説的に聞こえるかもしれないが、『信念』が生まれるにはまず信じることが出来なくてはいけないのだ。
この逆説的な性質ゆえに、殆どの人はこの事実には気づかない。

自分が話す際には、この事を伝えたいという気持ちが常に強く心にある。
その気持ちが『何かを信じ抜かせる、、、』と思って頂くことにつながったのだと思う。

今回のようなメッセージを頂きながら、自分の役割を感じている、、

ありがたいことに要望も頂けているので、
『心のワークショップ』をこれからポロポロとやっていこうと思っている。

まずはこんな感じのやつからかな~

・『決意の力(決めた瞬間、世界は変わる。それを体験する)』
・『価値観の推移(年齢や経験により価値観は変わる、それを内観し、更に価値観が変わりえること、そしてそれにより心に平穏が訪れることを知る)』



『思いのままに』

何を考えている?

何で言葉を選ぶのかな?

思いのままに話そうよ

気に入られなくてもいいじゃない?

それで嫌いになるようなのは友達とは言えない

感じ方、捉え方が違ってもいいじゃない?

人が自分の価値観に合わないことを口にする時

まずはあなたが赦してみよう

きっと相手も赦してくれる

そして言葉を選ぶ必要はなくなる

言葉は言霊となり、相手に深く響くんだ







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ジャンル : 心と身体

「自分が何者か」を決めるのは自分自身

生まれつきの病気で、体が小さく、他人から「モンスターのように醜い」と言われ、更に片目も見えないような子供が自分に生まれたらどう思うだろうか?

ビデオに出てくるLizzieはそんな女の子だった。
しかし、大人になったLizzieはとても幸せだという。

彼女の親はLizzieの事を障害者や病人としてではなく、普通の子どもとして扱い、育てた。
幼稚園に入ったLizzieが他の子供から怖がられたり、嫌われたのだが、その訳が分からなかったくらいだ。

Lizzieは自分では普通だと思っていたので普通に振る舞うが、周りの反応はやはり普通とはみなしていなかった、、

もう少し育ったある日、自分の顔が「世界で一番醜い女性」としてインターネットに投稿されてしまった。
そして、そこにはものすごい数のコメントが書き込まれ、Lizzieを苦しめた。

「頼むから頭に銃を当てて、死んでくれ!」

この苦しみがLizzieをトコトン考えさせた。
「私って何なんだろう?」

そしてLizzieは気づいた。

自分自身を決めるのは他人ではなく、自分自身であるということを。

「私は私だ。他の人がなんと言おうと!他の人が醜いと言っているから醜いとかそんなのじゃない!外見なんかで自分が決まるのではない。自分は自己啓発の講演をするような人になるんだ!本も書くんだ!」

そしてLizzieは必死にそのなりたい自分を目指して行動を続けた。
人からのネガティブな意見はすべて自分がなりたい自分になるためのハシゴの一段一段だと思って進み続けたのだ。

その結果が紹介する以下のビデオだ。
ユーモアもあり、自信に満ち溢れ、彼女の言葉は観衆の心に響いている。

彼女のメッセージ『自分が何者かは自分が決めること』は本当にそのとおりだ。
自分がいつも言う『幸せは自分の心が決める』ということと同じだ。

いつも思うが、これは自分で経験したことがない限りなかかな理解はされない、、、

Lizzieは人々を勇気づけられるような講演をする人になりたいと願った。
そしてその講演者になるのには、彼女の外観はむしろプラスに働いたと彼女は感じている。
もし彼女が素晴らしい美貌の持ち主だったとしたら、今の彼女のような心を打つ講演は出来ただろうか?

彼女のの外観を見て、多くの人は思ったと思う。
自分だったら卑屈になったのではないか、、、と。
でも、彼女はそうではない!そのギャップが勇気づけに大きな役割を持っていると思う。

自分もこの点で今、素晴らしいポジションにいると思っている。
好きなことだけをやっていたら収入が激減した。妻は心配になり、外に働きに出た。

でも、やはり自分は
『お金なんてそんなに気にしないでいいんじゃない?だって、そんなのよりずっと重要な事があるだろう?』
という事を思い続け、その思いのままに行動している。

お金持ちが道楽でやっているだけであれば、他人の心には響かないだろう。
でも、「あんな環境でもそんなことやれるのか?!」と思われたとしたら、話は変わってくる。
その点で、自分のお金が減ったのは素晴らしいことなんじゃないかな^^


Lizzieのこのビデオは「気持ちの持ちようで、そんな風になれるんだ、、、」と感じてもらえやすいと思う。

英語なので、何を言っているかはわからないかもしれないが、内容は上に紹介した通り。
Worlds-Ugliest-Woman-300x159.jpg




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プロフィール

ヤス

Author:ヤス
自然の恵み、豊かさを多くの人と共有したい!

=自然農園ビヨンド 代表=

無農薬、無肥料の自然栽培で野菜を育てながら、野菜販売、体験イベントなどを行なっております。

>>Beyond自然塾

>>自然農園ビヨンド

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